カボチャ大王、寝てる間に…。U A

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 まだ子供も同じほど小さくて、自分の生まれ育った故郷の小さな村しか“世界”を知らなかった瀬那少年が、広い世間を知るためのお行儀見習いという名目にて、この国へと迎え入れられた時には。既に兄王子様は東の湖畔の別邸へと、僅かばかりの従者たちだけを連れて、移り住まれていた後であったため。人々の想いが様々に錯綜しての結果でもあるらしきこの王室のすったもんだに関して、当初はほとんど知らないままでいたセナだった。それだから、お傍にお仕えしている清十郎殿下が、時折、物思いにふけっては深いため息をついていらしたりするのを見かけては、一体どうされたのだろうかと心配しもし、されど、自分からお伺いするのは、王子のお心にずかずかと踏み込むような、僭越な振る舞いではないかという気もして聞けずにいたものだが。とはいえ、完全に封印することもかなわぬのが人の口。禁句にするには知らねばならないという順番にて、1年かかって少しずつ、セナにも騒動の全貌が明らかになり。

  “そっか。だからあの晩は。”

 セナと清十郎殿下とが初めて出逢ったあのハロウィンの晩。セナが旅の剣士さんだと思い込んだのも無理はないほどの簡素ないで立ちにて、お供の方も連れぬまま、どこか途方に暮れたような様子でおいでだった彼だったのは。ただ勝手が分からなかったからというだけが理由ではなくて。為す術のないままに事態はどんどんと悪化し、とうとうそうまでの窮状にあられたことへの戸惑いに、心が揺れていらしたからではなかろうか。
“だって、殿下は本当に兄王子様のことを心配なさっておいでだもの。”
 何となくではあるけれど。王宮内でも、はたまた様々に抱えておいでの学者先生やら、遠国隣国などなどから、少なくはなくお迎えする来賓の方々の認識とやらにしてみても。次の王となるのは弟王子の清十郎様に決まったも同然というような、そんなお言葉やら態度やらを、当然のことという趣きでお見せになられる方々ばかり。国交の関係から、まだ確定してはいない他国の政情を口には出来ない大使の方々などは、さすがに遠回しな表現をお使いだけれど、
『何だ、それじゃあもう決まったようなものではないか、なあ。』
 磊落なご気性で有名な、オータヴァラ王国の皇太子様などは、定例の晩餐会の席にて“ばっはっは…っ”と豪快に笑いながら堂々と仰せになられたほどのこと。

  ――― だけど。

 本来ならば皇太子殿下のお仕事まで、手掛けるようになられたその忙しさ自体には、全く音をお上げにならないほどに、強靭で根気よく、粘り強く。巌のような生真面目さのモチベーションも全く落ちない、そりゃあ頼もしい方なれど。疲れてというよりも、思い悩んでという苦しげな吐息を…何とかギリギリで我慢して飲み込んでおいでなのを、時々お見かけするセナであり。お傍づきとなって長い隋臣長様なぞは、さすがにお気づきのようなれど、他の従者にはまるきり気づかれていない鉄壁の守り。まるで動かない表情を保っていらっしゃるのが、そうなるとセナには歯痒くてしようがない。本当はお優しい方なのに、王族の威容を守って毅然としておいでなのだ、なんて頼もしい方かと、凛々しいところばかりを当然のお顔だと決めつけられてらっしゃって、
“あれでは溜息だって零せないよう。”
 兄殿下なき今、その分の責任までがその双肩にのしかかっておいでなのかと思うと、せめて…辛そうになさっているのが判る自分としては、それを何とか軽くして差し上げられぬものかと思うセナだったりするのだけれど、
“…でもなぁ。ボクなんかの出来ることって、何があるのかなぁ。”
 今はちょうど外交関係の書類に目を通すという執務のお時間なので、セナも同席という訳には行かず。済むまで内宮にて休憩していなさいと言われ、所在無さげにお庭を歩いていたセナだったのだけれども。こうやって何もしないでいる時だって、ついつい思うのはお慕い申し上げている殿下のことばかり。

  “…いやあのっ、そんな、お慕い申し上げているだなんてっ!////////

 仕えている主人を心から慕うことに何か問題でもあるのやら。さらっと聞き流しゃあ良いものを、あたふたと焦りつつ、耳まで真っ赤になってる判りやすさよ。
(苦笑)
“うう…。////////
 今にして思えばあれを“一目惚れ”というのだろうか。突然、家の前の小径に現れた屈強な剣士様。ハロウィンの晩だったから、遅い時間に外を出歩いていることへの不審は普段よりはなかったものの。国境の小さな村だからと、他の同じような村と一緒くたに管轄しておいでのお役人や、領主様からのお使いの顔触れの中にも、まるきり見覚えのなかった御方だったから。一応、多少は…警戒の念も沸いたセナだったのだが、

  『少年。見ず知らずの人間へそうもあっさりと無防備に接してはいけないと、
   親御や年寄りたちから学ばなんだのか?』

 見るからに非力そうで可憐な身でありながら、初対面の、しかも武装した男と対峙して、なのに“お外は寒いですから中でお茶でもいかがですか?”と自分から言い出した。そんなセナへと、いきなり窘めの言葉をかけて下さった…何とも生真面目で思いやりのある方で。ご自分こそ何かしらの窮地においでだったのにね? 追っ手に追われておいでなこと、何となく読み取れたセナとしては。それでも彼が悪い人には見えなくて、そして。そんな殿下の方こそ それどころではないのだろうに、なのに小さなこちらの身を案じて下さるだなんて、

  ――― なんて懐ろの深い、優しい方なんだろうかと。

 思った瞬間に、何かが胸の奥に灯ったのを感じたの。真っ直ぐ廉直で、大変な苦衷にあられたのに、なのに小さき者を庇おう守ろうとなさること、忘れないでいられる、本当の強さと優しさをご存知の方。そんな方だったから、朝になってそれではと発っていかれたのを見送りながら、とっても寂しいなって思ったし。実は隣国の王子様で、あなたをお迎えに参りましたという御使者を差し向けて下さったこと、ビックリしつつも…ホントは嬉しくて嬉しくてしようがなかったの。ただお礼を述べて下さるってだけの御対面でもいい。もう一回だけでいいから、お逢いしたいって思っていたから。
“だから、こうやっていつもお傍にって居られるの、夢みたいで信じられなくて。”
 あまりに唐突に、物凄く大きな幸せの中へと放り込まれたものだから、自分が落ち着きを取り戻すのにちょっぴり時間が掛かってしまい。やっと気持ちを静めて周囲を見回せるようになったセナが、真っ先に気がついたのが…殿下がこっそり抱えておいでの“気鬱”の存在だったりし。

  “殿下は、兄王子様のこと、一番心配しておいでなのにね。”

 父上から見込まれてらした、才に恵まれてらしたお兄様が、清十郎様にも尊敬の対象であり。ただただ兄上の補佐を頑張ろうとしか思ってはいなかった殿下だったのにね。そんなつもりは全くなかったのに、結果的にはお兄様を皇太子の座から引き離した顛末になってしまったこと。心苦しいというのとも微妙に異なる色合いの、胸にかかる気鬱として持て余しておいでの清十郎殿下であり。お優しいからこその戸惑いや御心配であるのなら、これはもう…誰かが何かを言ったからって塗り替えられるものでもないのでは?
“………う〜ん。”
 自分ごときの微力では動かすことの敵わないくらい、大きくて難儀なことなのかも。それじゃあせめて、殿下のお心が癒せるようなことが出来れば良いのだけれど。何につけ傍らへとお招きになり、どちらかといえば少年の方をあやして下さる、心優しい方だから。じゃあ何をすれば良いのかしらと、そんなことをつれづれに考え込んでいたのだが、

  「?」

 進行方向の芝の上、誰かの陰が落ちて見え。此処は内宮のお庭だから、王族の方とそのお世話をする女官や従者たち以外はそうそう出入りもかなわぬ場所なのにと。そう思いつつもさして警戒はないまま、顔を上げたセナへと、

  「よお、久し振りだな、小さいの。」

 いかにも気さくなお声をかけた人。いわゆる“長身痩躯”という、鋭い印象がする絞った体つきの若い男性であり。立ち上げた金色の髪に抜けるような白い肌をした妖冶なご本人の素養をこれでもかと引き立てるのは、漆黒のマントにやはり漆黒の…どこぞかの軍服を思わせるような威圧をまとった詰襟の道着。爪先の尖ったブーツに至るまでを、どこか挑発的なもので統一させた、見るからに好戦的ないで立ちの彼には、

  「…? あ、あなたはっ。」

 セナの側からも見覚えがあったらしい。続いた言いようがそれを指しており、

  「旅の吟遊詩人の蛭魔さんっ!」
  「〜〜〜〜〜〜っ☆」

 途端に、こちらは明るく柔らかい色合いで統一なさった、やはり背の高い、道着姿のお連れの方が…それはそれは盛大に吹き出してしまわれて。必死で口元を押さえていてもはっきり届く含み笑いのその響きを、殺気に満ちたお顔にて見据えた金髪の麗人さんが…どう対処したかというと。
「………あの。」
「お前は気にすんな。」
「でもあの…お怪我をなさったかも。」
 そですよねぇ。問答無用でどっから出したやらな大きな袋に詰められて、この細身からは信じられない力を発揮した金髪の悪魔さんに頭上まで高々と抱え上げられ、その場から遠くへ“てぇ〜いっ”と転がされては…心配だってしますってば。ハラハラヒヤヒヤと不安がるセナくんへ、
「俺は今、ジプシーたちのサーカスと一緒に国中を回っていてな。こいつはそこの脱出技を披露する手品師だから、不死身のハルトがこんくらいで参っちゃあ話にならんて。」
 しゃあしゃあと言ってのける蛭魔の言いようが終わらぬうちにも、
「妖一ってば、ひっど〜〜〜い。」
 当の本人がぴんしゃんした姿で間際まで駆け戻って来たから、
“あ、ホントだ。”
 説得力があったことあったこと。
(う〜ん…)まま、それはともかく。
「お久し振りですね。お元気そうで何よりです。」
 こんな“奥の院”へ、王族でもなければ侍従でもない人物がいたのへは。何の不審も覚えぬセナであることへ、
“別に暗示はかけてないのだがな。”
 怪しいと思わないようにという働きかけの暗示の咒。ご大層なまじないの呪文を唱える必要もないほど簡単なものもあるので、騒がれたならと一応は、気構え・心構えをしていたのだが、そんなものを持ち出す必要なんてないほどに屈託ないまま、親しげなご挨拶をした小さな少年。2年前のハロウィンの晩にうっかりと声を掛けられてしまったのも、実を言えばこんな感じの屈託のなさからのものであり…って、何でしょうか、この坊ちゃんたら。ハロウィンの晩には、ついつい見目麗しいお兄さんをナンパせずにはいられない病でも沸き起こってしまうのでしょうか。
“こらこら、もーりんさん。”
 ハロウィンといえば、いつもは良い子のセナくんが唯一夜更かししている晩であり、そんな時に彼のお家の近辺を通りすがれる機運を持って仕舞ったことこそが、彼らの幸運と呼ぶべきか。そんな縁
えにしで知己となった、こちらの導師様。何でまた突然、こうやってお運びになったのかというと…と、口火を切られ、

  「実はな。今日はお前の大切にしているものを奪いに来たのだ。」
  「…はい?」

 こりゃまた唐突な人であることよ。当然、一体何を言い出したお兄さんであるのやらと、小姓姿も愛らしい、小さな少年がその大きな瞳をきょろんと見開けば、
「そろそろ、お前と出会った日がくるが。それが何の日だったか覚えているか?」
「あ、えと…確か、ハロウィンでしたよね?」
「俺は実は魔界から来た魔王だったのだがな。お前に陰を踏まれたもんだから、魔王の姿へと戻れなくなった。」

  “え?”

 話の内容へまでは打ち合わせをしていなかったのか、桜庭さんがつい零した疑問符を掻き消す勢いで、
「ええーっ!」
 セナ少年の絶叫めいた声が立つ。こらこら、そうまで騒ぐと近衛兵の皆様が駆けつけちゃうだろうが。
“今だけは結界を張ってありますから大丈夫。”
 話してるトコ、見られただけでも、すわ不審なって誰かが飛んで来かねませんからねと、桜庭さんが苦笑をし、
「今日はそのための報復にやって来たのだ。今からお前が最も大切にしている、物でも人でも、そうさな、串刺しにしてくれようぞ。」
「え〜〜〜っっ!」
 そんなのダメですようと、こちらも必死。何でまた、こんなにも簡単に人の言うことを鵜呑みにする子であるのやら。真夜中なんてな怪しい時間帯に出会った時は、何の不審も覚えなかった人だってのにねぇ。
(苦笑) まま、それもこれも“大事な物、大切な人”を持っていればこそのことかも。咄嗟のこととは言え、両腕をバッと広げると、行く手を遮ろうとしたところが、

  「うわわったっとっ。」

 ………はい? どこか触れましたか?というほどの。触れたとしたなら、繰り出した手の起こした風が当たっただけではないかというような、そんな間合いのあったことなのに。強靭な背条もしゃんと凛々しく、それはしたたかそうな姿勢と態度でいらした人が、いとも容易くふらりとよろめかれ、傍らにあった秋桜の株へと倒れ込む蛭魔さんであり。
「ぬう、なんて力を出しやがる。これぞ“火事場の馬鹿力”ってやつだな。ちちちちぃ、抜かったぜ。」
「…あのあの、もしもし?」
 綺麗に咲き染めしお花に埋まりながら、この人、どうかされたのでしょうかと。傍らに、こちらはしゃんと立ってる桜庭さんの方へ、助けを求めるような…切なくも可憐な、きゅう〜ん・くう・きゅう〜んんという懸命なお声が滲んでいるかのような、必死の眼差しを向けてくるセナくんへ、
“いや、僕にもちょっと、今日の妖一の思惑は計りかねるのですけれど…。”
 背の高い美丈夫導師様、力になれなくてごめんなさいと、情けなくも眉を下げるばかりだったりし。

  「負けたからには仕方がない。この指環をお前にやろう。」
  「はい?」
  「いいか? くれぐれも肌身から離してはならぬぞ?」
  「えと…?」
  「何か火急、且つ危急の事態が出来
しゅったいした時に、
   この俺様が駆けつけてやれる、それはありがたい指環だからな?」
  「は、はあ…ありがとうございます。」

 セナくんの小さな左手の小さな人差し指へと。通されたのは、くすんだ銀の細いリング。表に細かい、不思議な文字の連なった、つけてることさえ判らなくなるほどの、軽くてぴったりな小さな指環で。自分の手を見下ろし、つくづくと眺めてからお顔を上げれば、

  「…あれれぇ? 蛭魔さん?」

 お連れの方のお名前も、不死身のハルトとかいう“芸名
(?)”だけしか、まだ伺ってはいなかったのに。結構広いお庭の何処にも、もうお姿は見あたらなくって。煙のように、魔法のように、あっと言う間に消えちゃったお二方。でもでも指環だけは消えぬまま、秋の陽射しをやわらかく弾いて鈍く光っておりましたそうです。


  「妖一ってば、芝居下手〜〜〜〜。」
  「うっせぇなっ! どうせ俺はお前みたいにタレントやってねぇからよ。」
  「いや、そういう問題じゃあなくて。」


 そですよねぇ。試合中の悪魔のような様々に見事な、フェイクとか演技とか、あれを応用出来なかったのは何故でしょか? 素のセナくんの愛らしさにあって、毒気を抜かれでもしたのかな?


  「ほほぉ〜〜〜〜?」
  「こらこら、何を勝手なことを。」






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  *一体何を企んでおいでの魔導師様なのやら。
   もう少しだけお付き合いのほどをvv